供養のための三つの頌歌Ⅰ

供養のための三つの頌歌Ⅰ

木霊し続けた彼女の声は、千年前の自分の声さ

2022/8/13

「供養のための三つの頌歌」 2022年夏、三夜にわたってお届けするこの3本の記事は、2022年8月に上演した「リーディング&ミュージックライブvol.2 少年と影の国」のために、原作「The Boy in the Land of Shadows」からインスパイアされて私が書き下ろした、オリジナルエピソードです。 Ⅱは、上演時にはカットしたエピソードです。ぜひお楽しみください。
Ⅰ 逆さまの女 Ⅱ 耳くらべ Ⅲ 愛の隙間
少年は、ある凍える春にこの世を旅立ってしまった妹を連れ戻すため、見も知らない「西の国」へと旅をしている。妹と二人きりで暮らしてきた家を初めて離れた彼は、「村」というものを目にし、そこで様々な人々と出会う。

Ⅰ 逆さまの女

少年はまず、南から来る鳥たちにかつてたずね聞いた、西のかなたにあるという「大いなる水源」へと向かった。何日も歩き続けた。食料となる動物を殺し、夜は星空のもと眠った。山を越え、森を抜け、太陽と月を頼りに西を目指した。そうやって西に近づけば近づくほど、多くの人々が少年の前に現れた。それは「村」というものであった。
妹と二人きりで暮らしてきた少年にとって、いくつもの家族が寄り合って暮らすのを見るのは初めての体験だ。話をしてみると、その人々は少年と共通の祖先をもち、彼らは預言者の教えに従って、水源による恵みの豊かな西側の土地へ移り住んだ、ということだった。一つの村を抜けると、また次の村が現れた。少年は、村から村へと渡りながら、たくさんの、不思議な人々と出逢った。
たとえば、どこへ行くにも逆立ちで進む女がいた。女は、ある時少年が小川で水浴びをしていると声をかけてきた。
「あんた、旅の人なんだって?今日うちで作った食事の量が多すぎちまってね、よかったら食べていかない?」
少年がぜひ、と答えようと振り返ると、そこには誰もいなかった。ただ、人の頭のあるべきところに足があり、少年が見下ろすと、人の足のあるべきところに、女の頭があった。
「ああ、ありがとう。ぜひいただきます。」
少年が戸惑いながら答えると、女は逆立ちのまま頷いて少年を導き、彼女の小さな家に少年を招きいれた。女は逆立ちのまま食卓を用意し、寄り合って暮らす隣の家の人々にも、逆立ちのまま朗らかに挨拶をした。さらに女は猫が丸まって眠る時のように器用に体を畳んで、逆さまのまま食事をとった。
少年は、この女の変わった暮らしぶりについて質問すべきかどうか迷った。そんな姿の人を少年は初めて見たが、それは少年が今まで妹以外の人にほとんど会ったことがないからかもしれなかった。
「そのように食事をするのは、不便ではないですか?」
「そうね、あんたのように食べるよりは少し時間がかかるかもしれないね。」
女のこたえは、ただそれだけだった。
女はその晩少年に寝床を貸してくれ、自分は今夜は姉の家で寝るからと出て行った。
夢の中でも少年は、女が逆立ちで狩りをしたり、逆立ちで糸を紡いだりする不思議な光景を見た。朝になって少年が表に出ると、隣の家の男も出てきていた。そして男は少年に、二人はどんな関係なのかと尋ねてきたので、少年は自分が旅の者であることと、ゆうべは女の親切にあずかったことを説明した。
と男は、少年にぐっと体を近づけて囁いた。
「気をつけろ、あの女は世界をぜんぶ逆さまに見ている。高いものは低いものに。赤いものは青いものに。あの女に取り入られたら厄介だぞ、お前の世界もぜんぶ逆さまになってしまう。」
男はそう言って、少年の肩を叩き、狩の道具を持って出かけて行った。
少年は男の言葉にすこし怯えた。そして荷物をまとめ、また西へ出立しようとした。とそこに、ちょうど逆立ちの女が帰ってきた。
「おはよう、もう行くんだね?」
「あ…はい。あたたかい寝床まで貸してくれてありがとう。西への旅を続けます。」
「うん、じゃあ、そのへんまで送っていくよ。」
女は挨拶もないまま出て行こうとしていた少年の不義理を責めることはなく、見晴らしのいいところまで少年を送っていってくれた。
別れ際、少年は女に思いきってずっと聞きたかったことをぶつけてみた。
「あなたの隣人が、あなたはそうやって逆立ちをすることで世界を逆さまに見ている、あなたに取り入られると厄介なことになる・・・と言っていました。でも、僕はそんなふうには思いません。あなたはとても優しい人だし、きっと事情があってそうやって逆立ちで生きているのですよね?どうしてですか?なにか病気か、それともなにかの鍛錬でしょうか?」
「うーん…どの質問にもはいと言えるし、いいえとも言える」
「つまり…?」
「つまり、私はたしかに世界を逆さまに見ているし、事情があるといえばそうだし、この私が病気か、と言えば、そうとも言えるということ。」
「では、あの男の言うことを否定なさらないんですか?」
「しないよ。あの男にとっての真実は、私が世界を逆さまに見ている、ということなんだ。でも、もちろん私にとっての真実は、異なる。 私にとっては、そう、敢えて言うなら、私は逆立ちが好きだということかな。私はこうやって自分の手で大地を握るのが好き。強い風が、足に吹きつけるのが好き。もちろん、あんたみたいに真っ直ぐ立つことだって、やろうとすればできる。だけど、私にとってはこれが一番自然で、一番楽に、自分の野生と繋がれる方法なんだ。でも、そんな私にとっての真実を、誰に説明する必要もない、だって、真実は人に手渡した瞬間に、逆さまの顔つきになってしまうからね。」
「だけどそれだと村の人々はあなたを誤解したままで、あなたはひとりぼっちになってしまうんじゃないですか?」
「わたしたちはみんな、自分の見たいように世界を見ている。私を厄介者だと思っている人にとっては、厄介に思えるなにかが必要なんだ、それが私である限り、私はその人の中に存在しているんだから、私がひとりぼっちになることはない。あんたという友達もできたことだしね。また旅の帰りには私を訪ねてくれるだろう?」
少年は、必ず訪ねますと答えこの村を去った。

「少年と影の国」特別VISUAL BOOK 完全受注生産・予約販売開始のお知らせ

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原作"The Boy in the Land of Shadows" について カナダに伝わる様々な民話を、カナダの教育者/作家、サイラス・マクミランが採取したものが"Canadian Fairy Tales"としてまとめられ、1922年に出版されました。作品はすべて著作権の失効した文献として、プロジェクト・グーテンベルグのウェブサイトに掲載されています。
原作は、以下のリンクよりお読みいただくことができます。


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