供養のための三つの頌歌Ⅲ

供養のための三つの頌歌Ⅲ

だってもう二度と愛せないから

2022/8/15

2022年夏、三夜にわたってお届けするこの3本の記事は、2022年8月に上演した「リーディング&ミュージックライブvol.2 少年と影の国」のために、原作「The Boy in the land of Shadows」からインスパイアされて私が書き下ろした、オリジナルエピソードです。 Ⅱは、上演時にはカットしたエピソードです。ぜひお楽しみください。
Ⅰ 逆さまの女 Ⅱ 耳くらべ Ⅲ 愛の隙間
少年は、ある凍える春にこの世を旅立ってしまった妹を連れ戻すため、見も知らない「西の国」へと旅をしている。妹と二人きりで暮らしてきた家を初めて離れた彼は、「村」というものを目にし、そこで様々な人々と出会う。

Ⅲ愛の隙間

それから少年は、大きな大きな足を持つ、一人の男とも出逢った。それは、少年がいくつもの村を抜けて、足場の悪い荒野をさまよっている時だった。
その土地には人の気配も動物の気配もなく、道もなければ木々もなかった。
少年はまっすぐ西を目がけて歩きつづけた。しかし荒野では太陽にいつも雲がかかって、果たして自分が正しい方角へ進んでいるのか、少年には定かではなかった。しかしあるとき少年は、開けた視界の奥の奥に、人の住んでいるらしい丸屋根の住居を見つけた。その傍らには白くそびえる柱のようなものが見えた。近くまで来るとそれは柱ではなく大きな木で、その根元と頭には、たくさんの白い花が咲いているのだった。少年は白い花を見つめた。それは、雲に遮られた太陽を思い出させてくれるものであった。少年は花に顔を寄せ、その匂いを体いっぱいに吸い込んだ。と、傍らの住居から、一人の中年の男が出てきた。
「驚いた、だれかを見るのは久しぶりだよ。旅の人ですか?」
少年は答えた。
「はい、西へ向かって旅をしていたところ、美しい花が咲いていたので見とれていました。あなたが育てているのですか?」
男は照れ臭そうに微笑んだ。
「いえ、そこにそうして生えていたのですよ。私もかつて旅をしていましたが、その木と出会って、それで旅をやめてここで暮らすことに決めたんです。あ、良かったら少し休んでいきますか?」
岩のように骨ばった男の肌はザラザラと見るからに固そうで、彼の暮らす荒野と同じ、灰色をしていた。少年を中に招き入れると、男は少年を座らせ薬草茶を出してくれた。
「一人で暮らしてらっしゃるんですか?」
「そうですよ。人と交わって暮らすのが嫌になってしまいましてね。ただただ人のいないほうへいないほうへと歩いていたのです。そうしたらあの木に行き着いた。おかしな話ですが、あの白い花の匂いを嗅いだら、懐かしい感覚に包まれてね。そうしたら以来、ここを離れられなくなってしまったというわけです。」
男はそう言って肩をすくめ、組んだ足元を見下ろした。その男の足が、少年が今まで出会ったどんな男のものよりも、はるかに、はるかに、大きいことに少年が気づいたのは、その時だった。
「大きな足でしょう。」
視線に気づいた男が言った。
「あ、いえ、僕その…」
「いいんですよ。この足のせいで、ろくでもない人生です。ここに遊びに来ていた可愛い子ネズミも、バカみたいに大きなこの足のせいでうっかり踏みつぶしてしまいました。」
「あの…どうして人と交わらないで済むようにと思ったのですか?」
尋ねた少年を、男はしばし丸い瞳でとらえ、それから、彼の住まいの出入り口のほうに目をやった。四角く切り取られた外の世界には、黒く濁った荒野の地平線と、薄灰色の空があるだけだった。
「大切な女(ひと)がいたんです」
「その女(ひと)とは、幼いときから一緒に育ちました。その女(ひと)が赤ん坊だったころのことも、美しく逞しい女性へと成熟していったときのこともよく覚えています。彼女は・・・私の太陽でした。平たく言えば、愛していたんです。恥ずかしながら・・・私のような人間がそんなことを言うと、笑われそうですが。」
「笑ったりなんかしません。」
「ハハハ・・・まぁ、それで、あこがれを募らせた私は、ある時その女(ひと)に想いを告げました。すると彼女は微笑んで、私の愛を受け入れてくれたんです。そうして私たちは、結ばれました。しかし・・・ 容易く受け入れられた愛は、容易く変わってしまうことを私は知りませんでした。愚かなことです。太陽のように熱い彼女の心が、月のように凍てつくだなんて、思いもしなかった。
村のある男が―正確に言うと、私たち二人と共に育った、村のある男が―、やはり彼女を愛するようになったのです。それまで、彼女を見ていたのは私だけだった。ですが彼はある時、成熟した彼女に気づいて、その肉体を求めるようになった。彼女も、成熟した彼に気づいて、彼の肉体を求めるようになった。村の者たちは、彼女を止めようとした。彼女にふさわしいのは私だと励ましてくれた者もいた。しかし・・・
私は彼女に、彼と結ばれるようにと勧めたのです。彼女は、止めてくれないのかと私に尋ねた。もちろん止めたかった。だけど私は混乱しました。自分から他の男の肉体を求めにいきながら、私に止めてくれないのか聞くだなんて。私は言いました。止めるわけないじゃないか。美しい彼は、美しい君にふさわしい。私は、君には見合わない。彼女は・・・泣きながら私たちの家を出ていきました。しかしそれから何か月かして、ある日彼女が家に戻ってきたんです。そして、彼との子を身籠った、と私に告げました。私は、おめでとう、と答えた。子どもが健やかに育つことを祈ると。すると彼女が・・・なんて言ったと思います?私に、一緒に育ててほしいと言ったんです。彼と、彼女の子どもを、ですよ。彼と過ごしているうち、一番愛しているのは彼じゃなく、私だと気づいたと、彼女は言った。私は・・・私は、それは君の勘違いだ、と言った。君が愛しているのは彼だ。君の体がそれを一番よく知っていると私は言った。彼女は、泣き叫びました。叫んで叫んで、村の人が大勢集まってきました。そしてみんな私に、彼女と再び結ばれなさい、と言うんです。困ったものですよ、彼女は私にしがみついて、離れようとしなかった。私は彼女を引きはがそうとした。すると今度は、集まってきた人たちが私を押さえつけにかかった。それで、どうしようもなくなった私は・・・彼女を蹴りました。私を押さえつけていた村の人たちをも、私は蹴りました。そして、私は逃げました。逃げながら、彼女の謝る声が遠くに聞こえました。何を謝っている?謝るようなことをしたのは私だ。彼女が、私を愛していると言う声も聞こえました。―彼女の愛は、愛なんかじゃない。あれは、呪いだ。彼女は太陽なんかじゃない。血に飢えた、魔物の月だ。私は逃げました。気付くと私の足は傷だらけで、真っ赤でした。私は、自分が彼女を愛していたかどうかさえ、もうわかりませんでした。
一つだけ確かだったのは、彼女が体を重ねたあの男は私にとっても、大切な友人だった、ということです。だから私は、彼のところに行きました。彼に、君のことは変わらず大切に思っている、友情を優先して彼女を譲ろうとしたなら、そんなことすべきではないと伝えようとしました。彼は、私の顔を見た途端こちらに近寄ってきて、私の手を握りました。そして、欲望に身をゆだね、私たちの愛や、友情を壊したことを詫びたんです。三人で話し合い、子どもにとっての一番の幸せは何なのか一緒に考えて、みんなで家族になろうと言いました。 私は・・・自分の体がひとりでに動くのを感じました。私の足が、彼を、蹴とばすのを私は見ました。私はうずくまった彼に近寄って、もう一度彼を蹴る自分の足を見ました。もう一度蹴って、もう一度蹴って、もう一度蹴って、もう一度蹴って、もう一度蹴って、もう一度蹴って、もう一度蹴って、もう一度蹴って、もう一度蹴って、私は逃げました。 以来、人と交わることをやめたというわけです。」
それから男は、自分の足の裏を撫で、剥けかかった皮をはがし、そして押し黙った。
「あの・・・触ってもいいですか?」
男は少年を見返した。
「触っても、いいですか。あなたの足。」
男は驚いたように少年をじっと見つめてから、ほんのわずか、頷いた。
少年はゆっくり手を伸ばし、男の足の裏に触れた。それは硬かったが、窪んだ土踏まずのところは柔らかく、かかとや指の付け根の肌は、少しだけ桃色が混じっていた。
少年は寝転び、それから何の断りもなく男の大きな足の裏に自分の頭をのせた。寝転んだあと、男がまじまじと覗き込んでいるのに気づいて少年は慌てて言った。
「あ、ごめんなさい・・・なんだか―気持ちよさそうだったから。」
男はしばらく顔をしかめ、首を振り、そして目をそらした。
気付くと、夜明けだった。 薄灰色の雲が割れ、その隙間から鋭い太陽の光が漏れだし男の家に白銀の模様を作っていた。少年が体を起こすと男も目を覚ました。
「私もつられて眠ってしまったようです。」
二人はおもてに出た。木に咲いた白い花々は朝の光を照り返し、宙に浮いているようだった。
「この花の匂いは、あの女(ひと)の匂いなんです。」
「僕も、この匂いを嗅ぐと母を思い出します。」
男は、少年に手を差し出した。少年はその手を取ろうとしてやめ、代わりに男を抱きしめた。
「足を貸してくれて、どうもありがとう。痺れてないですか?」
「甘く見てもらっちゃ困る。私の足は強いんだから。」
男も、少年を抱きしめ返した。そして少年は、再び西へと出発した。


「少年と影の国」特別VISUAL BOOK 完全受注生産・予約販売開始のお知らせ

同作品よりインスパイアされた、美紗央による書下ろしイラスト17点と、万里紗による詩を掲載した『少年と影の国』公演特別VISUAL BOOKを完全受注生産で予約販売いたします。 ご予約受付期間は、2022年8月15日~9月15日です。 詳細は、以下の特設ウェブサイトにてご確認いただけます。 https://krluckkr1.wixsite.com/shonentokagenokuni

原作"The Boy in the Land of Shadows" について カナダに伝わる様々な民話を、カナダの教育者/作家、サイラス・マクミランが採取したものが"Canadian Fairy Tales"としてまとめられ、1922年に出版されました。作品はすべて著作権の失効した文献として、プロジェクト・グーテンベルグのウェブサイトに掲載されています。
原作は、以下のリンクよりお読みいただくことができます。




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